第3回メディアと表現について考えるシンポジウム「炎上の影に“働き方”あり! メディアの働き方改革と表現を考える」

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2018年5月12日、「第3回メディアと表現について考えるシンポジウム『炎上の影に“働き方”あり! メディアの働き方改革と表現を考える』」が、サイボウズ東京オフィスにて開催された。

登壇者は、大門小百合氏(ジャパンタイムズ)、白河桃子氏(少子化ジャーナリスト、相模女子大学)、たむらようこ氏(べイビー*プラネット)、中川晋太郎氏(ユニリーバ・ジャパン)、林香里氏(東京大学)、古田大輔氏(BuzzFeed Japan)、山本恵子氏(NHK国際放送局)、渡辺清美氏(サイボウズ)。司会は小島慶子氏(エッセイスト、東京大学)が務め、メディアの職場環境が表現に与える影響について、さまざまな立場から意見が交わされた。

セクハラはメディアの女性にとって日常茶飯事

2018年4月、財務省の福田淳一事務次官によるテレビ朝日の女性記者へのセクハラが報じられた。トップ官僚のハラスメントは瞬く間に炎上し、福田事務次官は辞職。一方で、夜の飲食店で一対一の取材をしていた女性記者には、ハラストメントを誘発したと不当な非難の声が上がった。

 NHK国際局に所属する記者歴23年の山本恵子氏は、夜に行う一対一での取材は、記者にとってスタンダードな方法だとする。そもそも記者とは一対一で信頼して付き合える警察や検察、官庁などの情報源を持っているものであり、多忙な彼らからスクープとなる話を引き出すためには、深夜や早朝に予告なく取材先を訪れる「夜討ち朝駆け」が定石とされている。

 「ジャパンタイムズ」執行役員・編集局長の大門小百合氏は、記者の世界では同様のセクハラは日常茶飯事だと述べる。同紙では福田事務次官のセクハラ報道を受け、一面で女性記者のセクハラ被害について報じたが、なかには警察官による性暴力や元総理秘書官からのセクハラ、省庁のトップ官僚による執拗なストーキングまでもがあった。

 女性記者たちは、(1)情報源からのセクハラは仕方ないという企業風土(2)「女性記者は面倒くさい」というレッテルへの恐れ(3)配置換えなどにより記者職のキャリアを失う可能性(4)誤解のある報道がなされてセカンドレイプにつながる可能性といった理由から、声を上げずにきたという。しかし、自分たちが黙認することでセクハラの連鎖が続いていくのではという危惧が告発につながった。

元朝日新聞記者で現在はジャーナリスト、和光大学教授の竹信三恵子氏は、日本では情報公開制度など透明性のある情報アクセス権が確立していないため、取材先との癒着などが横行せざるを得ず、記者たちはアウトロー的な一体感を抱きがちだと指摘する。そうした空気に同調しない記者は、嫌がらせや人権侵害、不公正で主観的な評価を受け、なかでも少数派である女性は人権を踏みにじられてきた。

他方で、テレビのバラエティーやアニメ番組の制作現場では、セクハラの質が性暴力からいじめへと変化している。べイビー*プラネット代表取締役社長として女性の放送作家を束ねるたむらようこ氏は、制作現場の男性たちの強い女性に対する不満が、下請けなどヒエラルキーの下部に属する女性への攻撃に変わっていると述べた。

メディアにおける職場の多様性と表現の関係

多くの一般企業で多様性が一番のハラスメント対策だといわれるなか、メディア業界は女性の比率が極端に低い。テレビ業界は放送事業者を頂点として、局の子会社など有力番組制作会社、中小の番組制作会社が続くピラミッド構造になっているが、そのいずれにおいても女性比率は極めて低く、男女の不均衡は給与や教育程度にも及んでいる。

 こうした男女の不均衡は、表現にどう影響するのか。たむら氏は、男性があまりに多く自らの侮蔑的な視線を客観視できない「数の暴走」と、男性の思い込みでゆがんだマイノリティー像が描かれる「思い込みの暴走」が、差別的な人物設定や企画を呼んでいると考察する。

 また報道の現場では、ニュースの取捨選択をするデスク職、番組内で報じるニュースの順番や長さを決める編集長職に多様性があるかで、報じられるニュースのラインナップが変化する。山本氏は、ことに給与水準の高い意志決定層の社員は共働き家庭ではないため、待機児童やワークライフバランスなどの問題を問題だと認識することすら難しいと述べた。

 一方、多様性のある職場では、常識を疑う視点が生まれる。朝日新聞で13年の記者経験を持ち、現在ネットメディア「BuzzFeed Japan」編集長を務める古田大輔氏は、転職後、職場環境が180度変化したことに言及。BuzzFeed全体において、職場のダイバーシティーの重視と個々のアイデンティティーを尊重し合う社内風土が、多様性のあるコンテンツを生んでいるとした。またそれが起因し、読者も男女半々かつ年齢層も幅広いと示唆する。

また、職場の多様性はメディアの訴求力にも影響する。さまざまなトピックについて関心のある人と関心のない人が対等に議論する場を作れるため、多くの人に届くメッセージを作ることが可能だからだ。

たむら氏が取締役社長を務めるベイビー*プラネットは全員が女性だが、その理由は男性優位な業界内でのダイバーシティーを担保するためだという。番組の制作会議では常に男性目線が判断軸となるため、女性であってもその価値観を内在化させやすい。マイノリティー同士で連携することが、テレビ業界の女性たちが自分の感覚を信じるすべになっている。

さまざまな属性、ライフステージのスタッフを所属させ、職場に多様性を持たせるためには、働き方改革が必要不可欠だ。ジャパンタイムズでは、管理職に子育て中の女性がデスク職に就いたことでテレワーク化が進み、職場の女性比率や有休消化率が改善された。ハラスメントに関して防止規定や報告窓口も整備している。

NHKの働き方改革には、番組制作の際に働き方改革に取り組むと予算が増える仕組みもある。たむら氏は、深夜、休日労働が禁止されたことで男女比が均等になった番組の制作では表現に多様性を感じたと指摘した。

スポンサー企業の考える多様性と表現

 メディア表現の炎上は、広告主にとってそのブランドを損ねるリスクがある。日用品メーカーのユニリーバ・ジャパンでマーケティング・ダイレクターを務める中川晋太郎氏は、炎上が起きれば抗議文やスポンサー降板もありうるとする。なお、出稿しているテレビ番組であっても、放送される内容を事前に知らされることはないと述べる。

中川氏は、明らかに炎上が予測される時代錯誤なコンテンツは、出稿主のリスクだけでなく公共性の面からも問題だと指摘。コンテンツを届けるため、炎上する可能性を前提にあえて極端なメッセージを選択して賛否両論が起こるのとは、まったくの別物だとした。

 ユニリーバ・ジャパンやIT企業サイボウズといった働き方改革の進む企業では、すでに個々が働く時間や場所を選択できるようになっており、社員のモチベーションの向上や離職防止につながっている。サイボウズのコーポレートブランディング部の渡辺清美氏は、性別だけでなく各々の属性やライフステージ、キャリアが個性と認識されていると強調した。

 ただしサイボウズは、2015年公開の動画CM「パパにしかできないこと」で、性的役割分担を前提としているなどと炎上してもいる。同CMは、多くの子育て世代の共感を呼んだ前年公開の動画CMのスピンオフ版で、母親だけでなく父親にもフィーチャーしてほしいという社内の声により企画された。渡辺氏は、2つのCMのストーリーはともに東北新社の子育て中の若い女性が考案したことに触れ、どちらの企業にも「父親には子育てはできない」という思い込みがあったことを指摘した。

なぜメディア表現は多様であるべきか

登壇者の発表の終了後は、メディアの表現と多様性について考察が深められた。白河氏は、海外で広告表現には多様性が欠かせないものになっていることを示唆。例えば2015年、世界最大の広告イベント「カンヌライオンズ」で、差別や偏見を打ち破るアイデアに送られるグラスライオンズという賞が新設された。イギリスの広告業界では、性別にもとづくステレオタイプを助長する表現を禁止する動きがある。

 質疑応答では、「メディア業界でセクハラへの容認や長時間労働が当然とされる一因には、報道する側の特権意識がある」との問題提起があった。質疑者は「国民の知る権利に応えるためには我慢が必要だ」とよく聞かされたという。

林氏は、そうした過去の理想像は問い直されるべきと示唆。読者、視聴者がネット上で顔を出して意見し合う現代において、メディアの発言者にも思いを問われるようになっている。その意味で、メディア表現の受け手側にもまた公共性について考え、評価する姿勢が必要なのではないかと位置づけた。